「秋のミステリーハイク」を開催しました

10月13日(土)の10時から、「秋のミステリーハイク」と称し、碓井地区の名所、7箇所を歩いて回りました。

ミステリーハイク

各名所の説明については、生涯学習課文化財係 係長の松浦さんからお話しいただきました。

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①八反田舟入場跡(はったんだふないりば)
江戸時代に黒田家、秋月藩の領地となった上臼井地区には、年貢米を大阪の市場に運び出すための秋月藩の蔵屋敷と舟入場が置かれていました。現在、遠賀川沿いの水神社には水運の開通を伝える記念碑が建てられています。
また、周辺の河川敷は、その当時の石の堤防をイメージして作られています。
舟入場跡からは、千手地区から物資を運んでいた水路(宮田堀川)に沿って歩いていきました。

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②日吉古墳・日吉神社
日吉古墳は、6世紀代に造られた、直径20~26mの南北に長い墳丘を持つ円墳です。墳丘は2段に築かれており、その周りには周溝と呼ばれる浅い溝が巡っていました。
墳丘の中には死者を安置するための横穴式石室が造られており、その大きさから、古墳に埋葬された人物はこの地域のリーダー的存在であったと考えられます。
日吉神社は、古くは上臼井・下臼井・平山の産土(うぶすな)神(かみ)(生まれた土地の守り神)とされていました。本社は滋賀県大津市坂本町にある天台宗の日吉大社です。

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③お菊大明神の井戸
「1枚、2枚、3枚…」と皿を数える「お菊さん」で有名な皿屋敷の伝説の舞台が嘉麻市にも存在しており、ここには、お菊が身を投げたと言われる井戸と、その霊を祀った堂(お菊大明神)があります。お菊大明神への参拝は、腰から下の病気が治るというご利益もあると伝えられています。

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④千手川の甌(おう)穴群(けつぐん)
甌穴とは、河底や河岸にできる円形の穴で、一般に「かめ穴」、「ポットホール」とも呼ばれています。甌穴は、河川によって運ばれ、岩の窪みに入り込んだ小石が、渦巻により回転し、かめ状の穴を岩に刻み込んだ自然の造形で、岩質、水量、流速という3つの条件がそろわないと形成されません。千手川が大きく蛇行する上臼井地区には、2、3mの厚さの砂岩に、大小50基を超える甌穴があり、中には直径1m、深さ2.5mにまで達するものもあります。(県指定天然記念物)

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⑤臼井家墓地
臼井家は中世から近世にかけて上臼井地区に土着化した武士で、もとは関東の下総千葉氏から始まっています。近世においては、秋月藩の家臣として活躍しました。ここには、概ね江戸初期から昭和初期に至る累代の墓石が建立されており、350年程の長期に渡り墓石の変遷を辿ることができる貴重な資料となっています。

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⑥昭(あき)嘉(よし)炭坑跡地
昭嘉炭坑は、上臼井地区に昭和9年夏、田籠鉱業株式会社によって開設後、旧碓井町を代表する炭坑としての経営が続き、昭和32年10月、住友資本が入って昭嘉炭鉱株式会社昭嘉炭坑となり、昭和39年3月の閉山まで約30年間操業しました。この間、専用引込線の敷設をはじめ、医局・配給所・私立青年学校の設置など、施設の整備による経営の近代化が行われました。

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⑦御塚(おんづか)古墳
日吉古墳と同じく6世紀代に造られた直径16m、高さ3.5m程の円墳です。現在は、上半分が削られていて、石室が露出しています。昔から御塚または鬼塚と呼ばれていました。
また、この古墳には、大正15(1926)年、第98代の天皇として皇統に加えられた長慶天皇の墓であるという伝承も残っています。

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今回のミステリーハイクでは、参加いただいた地元の皆さんもご存じでなかった名所の詳しい説明もあり、新たな発見があった様子でした。何気なく車で通り過ぎている風景の中にも知られざる歴史が隠されていることを、改めて感じられるハイクになったのではないかと思います。
また、健康のために日頃歩いている方も、いつもとは違う道を歩いてみることで、体だけではなく脳にも良い刺激があると言われています。ぜひこのコースを活用して、歩いていただければ幸いです。

ミステリーハイク名所案内